自然な流れ
意を決して精密検査に踏み切った。
はなちゃん
全身麻酔はリスクあるけど、原因を知って、出来る限りのことはしたい。
そう思った。
麻酔ごときで死ぬはなちゃんでは無い。そう信じて。
朝一に病院に預けた。
そのまま土曜日のイベントの準備、語座のミーティング、自主トレ、夕方からは仕事の打ち合わせ・・・
その間、緊急の連絡が入らないか?と、ひそかにドキドキしていた。
幸い、連絡はなく、夜遅くに迎えに行くことができた。
CTの結果
やはり腫瘍であることがわかった。
鼻の奥の方にあって、既に骨を溶かしていたり、あごの筋肉まで炎症を起こしていた。
手術は不可能。
あとは抗がん剤治療か?
放置していればどんどん腫瘍は大きくなり、目を圧迫し、呼吸を困難にさせて、食事もできなくなる。
でもね。抗がん剤使って、免疫低下して、合併症起こして早死もあるしね。
先生の話を聞きながら、
もちろん真剣に聞いているんだけど、心は「どうすれば一番はなちゃんにとっていいのか?」
そのことばかり考えていた。
どちらにしても病理検査の結果待ちで、10日ほどは何もできない。
抗生剤と消炎剤を使って、痛みを抑える。
うん、それでいい。
よほど心細かったのか、はなちゃんは私の膝の上でぎゅうぎゅう顔をこすりつけてきて
掠れた声で「あん・・・あん・・・」と鳴く。
「あん」
本当である。
はなちゃんの鳴き声は可愛い。
か細く「にゃーん」と鳴いたり
「あん」と短く鳴いたりするのだ。
つい半年ほど前のペロちゃんの闘病生活も大変だったが
これからはなちゃんも大変だろうなあ。
内臓は問題無いのだけど、ガンだからなあ。
ところで、
心の傷とか、辛い記憶、残念ながら良い記憶も、半年くらい経つと癒えたり、薄れていくらしい。
もちろん、長引くタイプの人もいるだろうけれど
話を聞いていると、周りの人には「記憶半年」型(そんな言葉は無いが)の人が多い気がする。
わたしもその一人で、
ぺろちゃんのことも、最近はずいぶん遠い記憶になりつつあって
写真を置いてるのをたまに見て、ようやく思い出す程度になってきた。
全然関係ないが、よく、別れた人との写真を全部焼いたり、もらったものを全部捨てたりする話を聞くが
これって忘れるスピードを間違いなく早めると思う。
存在感を自分の周りから完全に消してしまうことによって
思い出もまるで無かったかのようにできるのかな、と思う。
で、新しい記憶に塗り替える。
あ、これは女性の場合。
よく聞く、女性は「上書き保存」男性は「別名保存」・・・の違いがあるから男性は違うかも。
逆に、忘れないためには写真を置いておくのはやっぱり有効だ。
死んでしまったり、別れたりして会わなくなると、その人の顔の記憶もだんだん曖昧になっていく。
だから、たまに思い出してあげたい。そういう意味でも、大事な人の写真をそばに置いておきたくなる。
仏壇の写真などがそうである。
私も、棚の上に両親の写真と先に死んだニャンコ2匹の写真を飾っている。
とは言っても、その棚に目をやる回数も日に日に減っているのは事実だ。
記憶が少しずつ薄れている。
だから、あのときのことを思い出すととても辛いけど、その辛いことを思い出す回数も減って
心の傷も徐々に癒えている。
のだと、思う。
さて
はなちゃんは、病院で注射してもらった薬が少し効いているのか
帰宅後はいつになく調子が良さそう。
これがステロイドの効果である。興奮させるのだ。
ま~、本当に調子がいいのではなく、一種のマヤカシだ。
でも、飼い主としては食欲があれば嬉しいし
久しぶりに自ら私のベッドにきて、仰向けになって気持ちよさそうに眠っているのを見ると
もう腫瘍なんてないのではないか?と思ったりする。
こうやって、また一喜一憂の日々が続くのである。
ただ、いつだって私には、私の周りにはあたたかく応援してくれる人がいて
情けないわたしのことをとてもよくご存知で・・・知らないうちにバレてるらしい(ーー;)
支えてくれる。安心感をもたらしてくれる。
ありがとう。
色々感じることが多くて今日はすっかり長くなってしまったが
思うことを整理できるブログはわたしにとって有効。
読んでくれてる稀有な読者には
面白くない内容でどうもすみません(;´Д`)
当分、はなちゃんのことで、情緒不安定な内容になるかと思います(´;ω;`)
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