アルトの世界

ナレーションと語り*

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裏声日記

京都の時代

今日は母の命日。

何年経っても辛い光景しか浮かんでこない。

命日であろうと無かろうと、母のことはしょっちゅう思い出している。

夢も見る。

最後に会った日は、亡くなる数日前。1月2日だった。元気があまり無かったのはわかったのに。

忘れてはいけない。忘れたくない。6日の一連の出来事。

さて、阪急電車で自分の車内放送を聞きながら北大路へ向かう。

お供えに、母が好きだったものを、、、と、昨日デパ地下で探し回った。

レーズンウィッチにしたかったが気にいるものがなくて、ベリーウィッチで我慢してもらうことにした。

お経を聞きながら姉は船を漕いでいたが

私は母の戒名を見直し、なんとも寂しげだなぁとぼんやり考えていた。

お参りのあと、御住職が

「1月6日のお母様のことは忘れてませんから。予定はあけてあります」

とおっしゃった。

これは嬉しかった。

 

姉とはお寺で別れ、私は河原町まで移動。

次の予定まで時間があったので、少し思い出に耽ることにした。

街は様変わりしたが、色々な記憶が蘇ってくる。

母のことばかり考えていたが、せっかくなのでお昼は父を思って懐かしい餃子の店へ。

ま、さほど父と訪れていたわけでもないが(笑)餃子や焼売が好きだったから。

どちらかというと、父によく連れて行かれたのは夜の店だった。

私は完全に父の濃い血を受け継いでいる(-。-;

ランチのあと目の前の店に目が留まった。

三条大橋のたもとにあるこのアラレとお豆の老舗。

ここでは叔母のことを思った。←生きてるけど(笑)

叔母はなにかとここの豆菓子をくれた。

私自身はいつももらう一方で、ここで購入したのは今日が初めてである。

それにしても平日の昼間とはいえ、先斗町のひっそりとしたこと。

私が住んでいた頃もこんな感じではあったが、スッピンの舞妓さんを見かけたりして、風情のある道だった。

1人きりで懐かしい思い出に浸ったのは何年ぶりだろうか。

屋根の上でニャーんと鳴いたのはコイツ。

京都で暮らした日々は今も私の心の中で生きている。

帰りは阪急ではなく京阪にした。

ホームの自分の声を聞き電車に乗り込む。

行きは阪急、帰りは京阪。

しんみり気分は一転。我ながらすごい仕事をしてるんだなぁと感心した(笑)

京都時代の私。また来るね。

 

などと耽っていた次の瞬間!!!

「終点です。電車をお降りください」

と、起こされました(//∇//)

爆睡してた〜〜

はずっ!

さらに乗り換えた地下鉄で降りるべき駅を乗り過ごし

慌てて戻って、今度はちゃんと降りようとしたときに

「忘れてるで!」

隣に座っていたお婆ちゃんに呼び止められた。

さっき京都で買った叔母さんの好きな豆菓子や母のお供えのお菓子など入れた袋。

ひゃー危なかった。

ぎりぎりセーフ!

もしかして、、、わたし、疲れてる?(⌒-⌒; )

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